ドゥカティ デスモドロミックエンジンの歴史1
皆さん、今年は暖冬の影響で正月から乗れちゃいますね。
さて、皆様は、初乗りされましたか。
私は、先日の11日成人の日に初乗りしちゃいました。
小雪が降るなか「道の駅安達」までの短い距離ですが走ってきましたよ。
とっても寒うございました。
とりあえず996のコンディション維持のために2週間に一度は乗っています。
さてさて、今回はドゥカティのエンジンについてお話です。
ドゥカティのエンジンといえば、そう、「90°L型2気筒エンジン」ですよね。
で、もう一つ特色がありまして、「デスモドロミック」という機構です。
こちらについてお話です。
デスモドロミックの語源は、ギリシャ語の"DESMOS"(繋がり)と"DROMOS"(走行、工程)に由来します。
この機構は、1つのバルブにつき2組のカムとロッカーアームを設けてバルブの押下と引上を分担させて、バルブスプリングに頼ることなく強制的にバルブを閉じることで、高回転時におけるバルブタイミングを正確に管理する機構であります。
"デスモドロミック"のコンセプト自体は最近の発明ではないようです。
機械工学的には既にかなり昔に誕生していて、二輪・四輪分野では形は全く異なるものの20世紀始めには既に存在していました。
1910年
イギリス人アーノットが最初のデスモドロミックシステムを発明したと言われております。システムには、カムを納める特殊な形のエレメントとスプリング付タペットリングが使われていたとのことです。
1920年
その後、フランス人ビニャンが、デスモドロミックエンジン搭載のスポーツカーを開発しました。バルブ制御は、"傾斜円形ディスクカム"を採用した独特のシステムで24時間レースで優勝しています。
1923年
ここでFIATが開発してたシステムの登場である。ここでは"2つの二面カムとローラースタッド"が採用されていました。
1954年
メルセデスが素晴らしいFormula 1用デスモを開発。
1958年
メルセデスシステムが由来するJ.L.ノートン(ノートン工場創設者)のアイデアから、ついにデスモドロミック4本OHC 500ccバイクが設計された。しかしあまりにも複雑で大型になり過ぎたため開発は中止になったようです。
とまあ、現在のドゥカティがデスモドロミックを採用するまでには、他の技術者が何度も挑戦して失敗を繰り返しているようですね。
デスモドロミックは、とても理想的なバルブシステムですが、構造や精度に問題があって、なかなか思うように開発出来ない時代が続いていました。
しかし、そのデスモドロミックを不動のものに変える時代がやってくるのです。
そう、とうとうドゥカティ社が手に入れるのですよ。
と今回はここまでで、次回その2でご案内します。
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